上場を目指す理由
有限責任監査法人トーマツに在籍していたころは、トータルサービス事業部という、上場企業の会計監査をしつつ、上場を目指している会社に対する会計監査やIPO支援を行っている部署に所属していました。
(今は、監査事業部に吸収されてしまったのでトータルサービス事業部はありません)
そこまでIPO関連の業務をがっつりとやったわけではありませんが、監査事業部に所属する会計士に比べると、いくぶんかはIPOに明るいということもあり(毛が生えた程度)、IPOに関する研修の告知など、関連する情報には結構敏感に反応してしまいます。
そういったこともあって、CPEでも、IPO業務に関連する講座を見つけると、出来る限り受講しているのですが、そのなかで、
「IPOって、そもそもなんでやるんでしょうか?」
という、あるあるの質問があります。
もちろん、上場企業になることで信用力が各段に増す、より優秀な人材の採用がしやすくなるといったことが挙げられるのですが、もう一つ鉄板の回答として
「返す必要のない資金を得ることができる」
というものがあります。
これは、銀行借り入れは借りた後は返済をしなければならないのに対して、上場時の新株発行で出資を受けたお金は、借り入れと違って返済をする必要がないということです。
借り入れと出資の違いについて、頭ではわかるのですが、
「返さなくてよい資金を得られることが、なぜ企業にとって良いのか?」
が感覚的に理解できていないという気持ちがずっとありました。
最近読んだ
「決算書から「お金持ち会社」の作り方がわかる」(坂田薫著 明日香出版社)
という本で、すとんと納得することができました。
会計や財務の本って、少しお堅いというか、学問的で実務感覚を言葉で伝えてくれる書籍ってあまりないなという印象だったのですが、こんな風に実務感覚を言葉で伝えてくれる書籍もあるんだなというびっくり発見です。
この書籍には、とある、著名な会計士の方が10年以上前に紹介されていたので、
「では、読んでみよう」
ということで巡り合うことが出来ました。
返さなくてよい資金が得られる
ちなみに何が理解できていないかを端的に言うと、
「黒字倒産が起こるメカニズムを理解できていなかった」
ということだと思います。
黒字倒産という言葉はもちろん知っているのですが、どういった会社が、どういったことを行うことで、黒字なのにお金がないという状況になり、その後、倒産という道を歩むこととなってしまうのかを、具体的な事例を挙げて、概念的な説明ではなく、流れにそって説明できないということです。
これはおそらく税務署で身に着けた感覚が、PL重視からなのではないかと思います。
税務は課税所得が生じていれば、課税が生じます。
資金繰りが悪いから、課税所得が生じていても、課税が生じないということはありません。
なので、PLの利益の額や率を見て、調子が良い会社なのか、悪い会社なのかを判断します。
もちろん、BSを点(決算期末の数値)で見るということはするので、財務状況が良いのか悪いのかくらいは判別できるのですが、PLとBSがつながっていない、もっというと、キャッシュフローで見るという感覚を養うことができません。
具体的に言うと、税後利益に、現金支出の無い減価償却費を足し戻すと、フリーキャッシュフローが算出できると思うのですが、その自由なお金が、借り入れの返済に回っていて、手許にはほぼ残っていない状況なのか、設備投資を行ったのか、それとも現金預金という形で内部留保されているのかを、決算書から読み解くことをしていないので、この感覚を養うことができていませんでした。
決算書をBSとPLでつなげて見るだけでは足りない
税務署で税務調査をしていたころ、職人気質の統括官から、
「お前は、PLばかり見て、BSを見ていないから、駄目なんだ」
とよく言われました。
当時は、
「BSを見ても、代表者借入金がたくさんある会社ということはわかるけど、それが課税所得のチェックを行う税務調査にどうやって関係するんだろう?」
としか、思えずでした。
いまさらですが、先に挙げた本を読んでの理解を踏まえて、改めて考えてみると、代表者借入金は借入金だけれども、銀行借り入れとは違い、実際のところは、返済する必要がほぼないので、追加で出資を受けたとことと同じ事なのかなと思います。
なので、利益がほぼ生じていないような会社であっても資金ショートせずに存続できているということなのかなと思います。
そして、それが創業したての時期であれば、
「代表者の懐が痛みつつも、事業が軌道に乗るまでの時期なんだな」
ということとなりますが、そのような状況がずっと続いている場合は、
「いったい、その資金はどこから出てきたんだ?」
ということで、
「代表者借入金の原資を確認してこい」
と言うことだったのかなと思います。
上場企業は薄利でも良い
もう一つこの書籍で面白いなと思ったのが、後半あたりから、上場企業と中小企業の比較を用いて、いかに中小企業が資金面で不利な状況にあるのか、ということを説明してくれている点です。
上場企業は返さなくても良い資金を調達する方法が中小企業に比べて多いので、様々な方法で資金調達をして、その資金を使って、薄利で商売したとしても、利益の中から返済に回るお金がないので、資金繰り上の問題はないが、中小企業で同じことをしようとすると銀行から借り入れするほかなく、利益の中から返済に回す資金が必要となるので、薄利だと首が回らなくなるといったことが説明されていました。
シャッター街と化した、商店街がそこら中にあるのも納得です。
上場企業の会計監査をしていたんだから、そのくらいの感覚を身に着けておけよと言われてしまいそうですが、私がアサインされていた中規模クライアントは、
「えっ、、、何この利益率。すごすぎ。」
みたいなクライアントが多く、
「なんか突き抜けちゃってて、感覚狂って、よくわからん」
みたいな状況になってしまうことが多かったように思います。
監査事業部に所属して、超有名企業などを担当していたら、こういった視点も養えたのかもしれません。
(なんか、言い訳がましいですね。単に、そのような視点から学ぶことをしてこなかっただけかもしれません。)
上場すると投資会社みたいになる会社がある
上場で得た資金を、設備投資などの事業のために使うのではなく、他社を買収し始める会社もありました。
ものの本だったり、上場企業のCFOの方からお聞きしたお話からすると、本業に関連する事業を始めることで、より商いを大きくしていきたいと考えた際に、一から始めていると時間がかかり効率が悪いので、すでにその事業を行っている会社を買収して子会社化すれば、一から始めるのに比べると、効率が良く、買収される会社にとっても事業内容が関連しているなどシナジーがあるといったことなのかなと思っています。
これは、
「上場企業がなぜ、買収をするのか?」
についての説明なのですが、
「なぜ、中小企業がそのようなことをしないのか(できないのか)?」
について、説明しているものはこれまで見たことがなかったように思います。
当然、
「そんな余剰資金がないよ」
ということだと思っていたのですが、
「なぜ、銀行借り入れなどによって資金を調達して、買収などをしないのか?」
というと、貸し手の銀行からすると、
「投資なんかして遊んでないで、本業を真面目にやりなさいよ」
となるらしく、そもそも融資の決裁が下りないといったことが説明されていました。
至極当たり前のことだとは思うのですが、
「目の前に転がっている当たり前のことほど、意外と気づくことが難しいんだな」
と気づくいい機会になりました。
テクニック的なものだったり、単に知識が羅列されているような読み物は、仕事上の必要性から読むことはしますが、あとで辞書的に使えるようにするために読んでいるということあり、読んでもあまりテンションが上がらないのですが、こういった新たな気づきを与えてくれる書籍に出会えると、めちゃくちゃテンションが上がります。
世の中で絶賛されているような書籍でなくても、このような良著はあるんですね。
見つけるのが大変そうですが。
日々精進。