“はい”か“YES”の方針
とある税理士事務所の運営に関する本に、事務所運営のNGな事例として
「“はい”か“YES”の方針で働く」
といったことが書かれていました。
お客様に尽くすということとして前向きにとらえると、とても素晴らしいことだなと思うのですが、プロの税理士として、適切なアドバイスをするべき立場で考えると、「“はい”か“YES”の方針で働く」ことは、とても危ないなと思うことがあり、それについて少し書いてみようと思います。
急拡大していた税理士事務所
10年以上前に聞いた話なのですが、とある税理士事務所が急拡大していたのですが、その理由は、従業員向けのインセンティブ報酬制度を導入しており、新規顧客を獲得すると、その方のお給料が上がる仕組みだったからとのことでした。
そして、その事務所では、新規顧客を獲得したいがために、また、獲得後に顧客からの信頼を得るために、たとえ、その顧客の依頼が「税金を安くしてほしい」(節税して欲しいではなく)であっても、応えてしまっている状況にあったそうです。
「“はい”か“YES”の方針で働く」ことの際たる事例なのではないかと思います。
クライアントの期待に応えるというのはどういうことなのか?
何を勘違いしているのかよくわかりませんが、明らかに黒や限りなく黒に近い事例でも、白にできると勘違いをしている専門家の方がいらっしゃいます。
課税所得を減らすマジックのようなものがあると勘違いしているのではないか?と思っているのですが、もしもそのようなマジックがあったら、そういったものを見つけるのが得意な専門家がとっくに発見して、こっそり売り歩いているのではないかと思います。
突き詰めると、白黒はっきりしていない事例の税務判断を、ご経験されたことがあまりないからなのではないかと思うのですが、たまにびっくり仰天なアドバイスをされているのを見聞きすることがあり、税務調査が来て指摘を受けて追徴課税を受けてしまった場合に、
「ちゃんと責任とれるのかなぁ?」
と疑問に思います。
もしかしたら、黒や限りなく黒に近い事例であるということすら、そもそも理解できていないのかもしれません。
どのような専門家があるべき姿なのかは人それぞれですので、私がとやかく言うことではないのかもしれませんが。
ただ、専門家としての発言に、どれだけの影響力があるのかを理解していない(そのアドバイスを受けた会社にとってです。世の中的には、一人の専門家っぽい人が何か言っているくらいだと思います。)点がとても気になります。
クライアントにとって気持ちのいいことばかり言っていると、良いように利用されて終わるのではないかと思うわけです。
駄目なものはダメと言う
仕事上、対面の会議でいろいろなご質問にお応えする機会があるのですが、相談者の方はそれなりの規模の会社の役職者の方ですので、質問にあたっては、
「これはいけそうかな」
「これはダメだろうな」
「これは判断つかないや」
といった風に、ある程度の勘所を持たれたうえで会議に臨んでいらっしゃいます。
概ね外していないのですが、たまに
「これはいけそうかな」
と思われている質問について、
「これはダメですね。」
とご回答を差し上げることがあります。
「どこを改善すれば、×から△または〇になりますか?」
という更問を受けることもありますが、どうやっても×なときは、
「どうやっても、無理だと思いますよ。」
とはっきりとお伝えしています。
もちろん、がっかりされることもありますが、ここで、先の「“はい”か“YES”の方針で働く」で、
「〇にできますよ」
なんていったところで、その場では、みんな心地よいのかもしれませんが、根拠なきアドバイスが、実際にその会社やその質問者のためになっているかというと、まったくそんなことはないと思っています。
「なんだこいつ、ダメダメ言っているだけで、使えないな。」
なんて思われる可能性もあるかもしれません。
今は幸いにもそういった方とご一緒することはないですが、もしも今後、不幸にも、そういった方とご一緒してしまい、そう思われたとしても、
「まぁ、別にいいや。」
と思うのだと思います。
調査官として働いていたので、NGを言うことが苦にならない
監査法人に勤めていた頃に、同じ監査チームの若手会計士から、
「村上さんって、クライアントへ間違いをすばっと指摘出来てすごいですね」
(躊躇なく指摘するという意味です)と言われたことがあります。
このスキル、税務調査で身に着けました。
一人で税務調査に出始めた頃のことですが、指摘事項を見つけたときに、たとえ期ズレであったとしても、追加で納税していただくことがなんだか申し訳ないことの様に感じて、もじもじしながら伝えたところ、そこを突かれて、税務調査がうまくいかなかったことがありました。
今考えると、別に悪いことをしているのではないので、
「間違っていますので、修正してください。」
と堂々と言えばいいのですが、当時はとても難しく感じられました。
こういった経験をしてきてからの会計監査でしたので、よほどの大きな指摘でもない限りは、さらっと指摘をすることができたように思います。
税理士として働きだしてからも同じで、クライアントであったとしても、間違っていることは、さらっと間違っていると言っています。
もちろん、それがクライアントのためになるからそうしているのですが、相談対応をしていて、
「はっきり言ってくれるので、助かる」
といったことを言っていただけることがよくあり、これも専門家としての価値となりえるんだなと気づき、備忘も兼ねて書いてみました。
日々精進。